今宵は遣らずの雨

「致し方あるまい……この者をひっ捕らえよ」

兵部少輔の命が下されると、家来たちがたちまちのうちに動き、湧玄が羽交い締めにされた。

湧玄はなにやら喚きながら、手足をばたつかせていたがあとの祭りだ。


「ここは町方ゆえ、番所へ連れて参れ。
同心が仔細を尋ぬれば、おれの名と南町奉行所の筆頭与力の松波(まつなみ) 多聞(たもん)の名を申せ」

兵部少輔は幼き頃、故郷の安芸国から江戸に参って以来、剣術(やっとう)道場で切磋琢磨してきた友の名を挙げた。

仔細を語るのは明日になるが、察しの良い奴のことだから、()きに計らうであろう、と兵部少輔は思った。

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