今宵は遣らずの雨

兵部少輔は目を(すが)めて、初音を見下ろした。

「……なにを(たわ)けたことを云うておる」

そして、(うずくま)る初音をひょいと横抱きにかかえた。

「……鍋二郎さま……?」


兵部少輔は奥の間に進みながら云った。

「刀ってのはな、一度血に(まみ)れたら、そのあとの手入れが大変なのだ。
それに、人の骨というのは滅法強固なのだぞ。万一、刃こぼれでもしてみろ。
おまえは、先祖伝来の大事な刀を、おれの代で台無しにする気か……だから」

奥の間に着いた兵部少輔は、畳の上にそっと初音を下ろした。


「……おまえが穢れたと云うのであれば、おれが浄めてやる」

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