今宵は遣らずの雨
◇第六話◇
初音は兵部少輔の側室となった。
今まで住んでいた青山緑町の家を引き払って、通りを一本隔てた安芸広島新田藩の御屋敷に移った。
これからは、その離れが初音の住まいとなる。
兵部少輔は執務のとき以外は「初音の方」の許にいた。
正室の住む母屋には見向きもせず、入り浸りだった。
娘のことが気にならないのかと思って、それとなく話の端に乗せれば、なぜか急に兵部少輔の機嫌が悪くなった。
初音も兵部少輔を愛しく思う「一人の女」である。やはり正室の許へは行ってほしくない。
なるべく、その話はせぬようになる。
兵部少輔に至っては、妻である「奥」と呼べるのは初音一人だけとなった。