今宵は遣らずの雨

尼削ぎ頭(おかっぱ頭)の寿姫は、地面を這う蟻の行列を見ていた。

母上の傍らにいると、なにをやっても叱られるので、逃げてきたのだ。

たまたま見かけた蟻の行列を追ううちに、いつの間にか、今まで来たことのなかった奥の離れまで入り込んでいた。


……どうしよう。
奥の離れには決して行ってはならぬ、と母上からきつく云われておったのに。


寿姫はきゅっ、とくちびるを噛み締めた。

知らず知らずのうちに、大きな両眼(りょうまなこ)に涙がぷっくりと溜まり、溢れそうになっていた。

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