今宵は遣らずの雨
「……寿姫どのでごさりまするか」
離れの縁の端から、初音は声をかけた。
寿姫は見知らぬ女人にいきなり話しかけられて、思わず棒立ちになる。
見開いた両眼からは、ぷっくり盛り上がった涙がとうとう、ぽろり、と溢れ出た。
「驚かせて申し訳ありませぬ……あ、そうそう」
初音はそう云って奥の部屋に入ると、なにかを手にしてすぐに戻ってきた。
「御前様からいただいたものでござりまする。
……どうぞ、召し上がれ」
寿姫の目の前に、雪のように真っ白な饅頭が差し出された。大和芋を含んだ皮によって真っ黒な餡が包まれた、志ほせ饅頭である。
寿姫の強張った顔が、ほんの一瞬、綻んだ。
しかし、すぐに元に戻って、尼削ぎ頭を二、三回振る。
「……御毒味をせぬものは口にしてはならぬ、と母上が……」
消え入りそうな声で呟く。
寿姫は御毒味役が終えないものばかりではなく、甘味も口にするのを許されていなかった。