今宵は遣らずの雨
「だが、奴を咎人にするには、初音も御白州に呼び出されるんじゃないのか」
兵部少輔は腕を組んで、渋い顔をした。
御奉行が御白州で双方に仔細を尋ねて吟味したのち、お裁きを受けなければ罰は与えられぬ。
「……確かに、御大名の奥方様を御白州に呼ぶわけにはいかねぇわな」
多聞もしかめっ面をしている。
それに、此度のことを下手に表沙汰にして世間に知れたら、歌舞伎の台本や黄表紙の格好の餌食になるのではないか。
「……仕方あるまいな……多聞、奴を野放しにだけはするなよ」
兵部少輔は多聞をぎろり、と睨んだ。
「おう、百も承知、二百も合点よ。
二度と江戸の空を拝めねぇように、処払いしてやらぁ」
多聞は片方の口の端を上げて、にやりと笑った。