今宵は遣らずの雨

◇第八話◇


初音の方が御懐妊された。

兵部少輔が手放しの喜びようなのは、云うまでもない。

二親(ふたおや)に死に別れ、身寄りのない初音を案じて、(おの)ずから命じて細々(こまごま)したものを取り揃えさせていた。

武家では、夫婦(めおと)は寝間を別にする。

妻は夫に呼ばれた夜のみ、同衾する。

そして、朝になる前に自身の寝所に戻る。


なのに。

兵部少輔は夜になっても、初音がいる離れから自身の寝所に戻ろうとしなかった。

挙げ句の果てには、初音の寝所で同床した。


藩主の御屋敷に仕える者たちに示しがつかぬと、初音が幾度(たしな)めても、自らの父母がさようであったから、と兵部少輔は聞き入れてくれなかった。

< 241 / 297 >

この作品をシェア

pagetop