今宵は遣らずの雨

「……この母が、そなたがこの部屋を抜けて、
何処(どこ)へ参っておったのか、知らぬとでも思うたか」

凍てつく部屋で、凍てつく目で、凍てつく声で、芳栄の方()が既に答えを知っていることを、寿姫()に問う。

だが、なぜか口の端だけが上がっていて微笑んでいるように見える。

それが、余計に寿姫の肝を冷えさせる。

寿姫にはわかる。
母の怒りがこの上もないことを。


「……も…もうしわけ…あ…ありませぬ」

実の母親と話すときはいつも、寿姫はどもった。

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