今宵は遣らずの雨

芳栄の方が、ふっ、と微笑んだ。

だが、暖かみは一欠片もなかった。

それどころか、凍てついた部屋に、さらに雪女が息を吹きかけたようだ。

「……初めて、そなたが役に立つようじゃな」

芳栄の方は側仕(そばづか)えの者を人払いした。


おもむろに、手文庫からあるものを取り出す。

「時を見計らって……これを」

芳栄の方は婉然と微笑みながら、和紙で包んだものを寿姫に差し出す。

眉を落とし、白粉(おしろい)を塗った肌に、真っ赤な紅がひときわ映える。

その(あか)いくちびるから覗く、塗られた歯によってもたらされる漆黒の闇が、妖艶さを否が応でも醸しだす。

夫に呼ばれる夜がなくなって久しいが、化粧を施さない日はなかった。


この刹那だって。

その微笑みが邪念にまみれ、禍々(まがまが)しくなればなるほど、

……なんと、美しき(ひと)なのであろう。

と思わずにはいられない。

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