今宵は遣らずの雨

御前様(ごぜんさま)

初音の方は、ずい、と膝を進めた。
皆がおる前ではそう呼んでいた。

「寿姫どのが毒を入れられたのは、わたくしの御湯呑みではござりませぬ。
……ご自身が飲まれるはずの御湯呑みでござりまする」


「……初音」

どうやら大事には至らぬようなので、兵部少輔は思わず安堵の声を漏らした。

「腹の子は、大丈夫のようだな」


初音はきっぱり告げた。

「あたりまえでござりまする。
御前様のお子は、このくらいで流れるほど、ひ弱ではござりませぬ」

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