今宵は遣らずの雨

今度は兵部少輔に異変が出た。

もともと、幼い頃より季節の変わり目には必ず風邪をひき、思いのほか長引く性質(たち)であった。

大人になった今は、さすがに季節の変わり目ごとにはひかなくなったが、それでも冬になると必ずしつこい風邪に罹っていた。

今回もまた、時節柄にもいつものそれだと思われた。

ただ、今までとは違うのは、いつも診てくれていた初音の父親である御殿医の竹内 玄丞が、もういないということだ。

新しい御殿医が抜かりなく診てくれている、と側用人が何度云うても。


初音は、兵部少輔の顔がただただ見たかった。


……鍋二郎さまに、逢いとうござりまする。


初音は、近頃ぼこぼこと動くようになってきた腹を、やさしく撫でた。

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