今宵は遣らずの雨

たっぷりの墨で、勢いよく大振りに書かれたその文字は、明らかに兵部少輔の手によるものだった。

先代藩主の継室になる前に、手習所の師匠をしていたという兵部少輔の母親によって仕込まれた見事な書だった。

まるで雪に閉ざされた冬のようだった初音の心が、雪が溶けて花々が芽吹き出す春のように甦った。


初音は早速、自分も墨をすって返事をしたためることにした。

はちきれんばかりの満面の笑顔で、側仕(そばづか)えの者を呼んだ。

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