今宵は遣らずの雨

年が改まって数ヶ月後、
初音の方は無事に出産を終えた。

亡き安芸広島新田藩主 二代藩主、
浅野 兵部少輔 長喬の忘れ形見は、
御世継ぎとなる男子であった。


安産とは云い難かった産褥のために、
疲れ切っているはずのそのとき、
初音の瞳から止めどなく涙が(あふ)れた。

いや、やっと、泣くことができたのだ。

初音にとっては、大きな御役目を果たせたと、
安堵でほっとしたと同時に、
もう二度と兵部少輔には逢えないのだ、というとてつもない寂寥が押し寄せた(とき)だった。

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