今宵は遣らずの雨

ところが、修行に励んでいた民部に思いがけず縁談話が来た。

相手は親戚筋の他国の藩士の一人娘だった。

江戸詰めだった藩士は道場で民部を見かけ、国許(くにもと)で漫然としている次兄よりも気に入ったそうだ。

若く見えても、もう三十に手が届く歳になっていた。これを逃せば道はない。

民部は急遽、国許に呼び戻された。


町家の方まで足を伸ばしたのは、他国へ行けばもう二度と、この地は踏めぬだろうと思ったからだ。

最後に、自分の生まれ育った故郷(ふるさと)をじっくりと見ておきたかった。


そして……小夜里に出逢った。

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