今宵は遣らずの雨

明後日、小夜里は生家へ赴いた。

ひさしぶりに一人娘の顔を見た母親の芳野(よしの)は喜んだが、来訪の目的を聞いて腰を抜かさんばかりに驚き、

()の歳になって、かような憂き目に出合うとは……」

と云って、その場に泣き崩れた。

母の隣で話を聞いていた、兄の佐伯(さえき) 忠之進(ただのしん)は、

「……中条(ちゅうじょう)へ参る心積もりは、ないのだな」

と静かに訊いた。

小夜里は肯いた。

子おろしを(もっば)らとする中条へなぞ、行くはずもない。

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