今宵は遣らずの雨

……ここに、生まれてくる子を、一緒に待ってくれる人たちがおる。

張っていた小夜里の気が、一気に緩んだ。

込み上げてくるもので、目の前が潤んだ。

だが、礼を云わねば、と心の底から思うのに、喉がつかえて声が出なかった。


だから、小夜里はきちっと正座し、畳の上に手をついて、静かに頭を下げた。

「お師匠(っしょ)さんっ、お武家のお方がうちらみたいな(もん)に、そんとなこたぁしちゃぁいけんよっ」

おとくは、姉さん被りしていた手拭いをぱっと取って、慌てて自分も頭を下げた。

「なんでもおきみ(・・・)に云いつけてつかぁさいねぇ。お産のときには、うちら長屋の(もん)も駆けつけるけぇのう。みな何人も子を産んだおなごばかりじゃけん、大船に乗った気でいてつかぁさい」

おとくも、おきみを頭に五人の子の母親であった。

そして、どっこいしょっ、と上がり(かまち)から腰を上げた。

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