今宵は遣らずの雨
◇第一話◇
手習所の子どもたちをうちに帰した小夜里は、竈のある土間で夕餉の支度をしようとしていたおみつに、
「……小太郎がどこにも見当たらぬが、おまえ知らないか」
と問いかけた。
「若さまじゃったら、半刻ほど前に、木刀を持って外へ出て行きんさったよ」
おみつがこともなげに答える。いつものことだからだ。
裏の長屋に住む、おとくの二番目の娘である。
姉のおきみが幼なじみの大工と所帯を持ったので、今度は妹のおみつが小夜里のうちの下働きをしてくれることになった。
姉と同じく、器量の方はそう良いとは云えないが、明るくきびきびと動いてくれる。
腕白さが増してきた一人息子の小太郎に手が掛かる上に、小夜里にはたった一人で切り盛りしている、界隈の子どもたちに書を教える手習所もある。
今ではおみつの助けがなければ、すっかり立ち行かなくなっていた。
小夜里は青筋の立つ顳顬に手を当てた。
……今日こそは、論語の素読をせぬままに外へ出て行ってはいけないと、あれほど強う云うたのに。