蜘蛛(くも)
僕は、その美しい生き物の、強い意志に気圧されて、もう一度椅子に戻り、ウイスキーをひと口含んだ。
その美しい生き物は、くたびれた蜘蛛の巣の方へふわふわと近づいていった。
まるで、妖精を見ているようだった。
哀れな蜘蛛の亡骸が、今にも落ちそうにぶら下がっている。
次の瞬間、その妖精が、蜘蛛の亡骸に触れ、ひときわ強い光を放った。   蜘蛛はその優しくも力強い、ミルク色の光に包まれ、宙に舞った。
蜘蛛の亡骸と妖精は、ひとつの光の塊となり、いっそう光を強くして、十五夜の月に消えて行った。

僕は、何故か解らないが、胸と瞼が熱くなり、
余りにも美しい光景にしばらく酔いしれた。

冷たい風が吹いた。
頬に粉雪があたって涙と混ざって溶けていった。
いつもより、何日も早い初雪が宙を舞っている。
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