蜘蛛(くも)
「はい、私は恐らく、あなたに食べられる為に生まれて来た者なのでしょう。
ですから、この、先の無い者の名を聞いたところで、何の役に立つのでしょう」
「どうぞ、ひと思いに召し上がってください。
これが、神様のご意志であるのなら、私は幸せです」
蜘蛛は身動き出来ぬままただ、その生き物をじっと見つめた。
「さあ、あなたが生きる為に食べて下さい」
不思議な生き物は、歌うように、美しい声で、蜘蛛にそう言った。
遠くで、蜩(ひぐらし)が命の終わりを惜しむように、もの淋しい声で鳴いていた。
「バ、バカヤロウお前の様な、見た事も食った事も無い奴が、食えるか!」
蜘蛛の言葉は乱暴だったが、勢いも力強さもそこには無かった。
そして体全体が熱くなるのを感じ戸惑った。
< 5 / 14 >

この作品をシェア

pagetop