君がいた季節
「あっ!ねぇ、ちょっと待って!」
梓にそう呼び止められた俺は、顔だけ後ろに向けた。
「なに?」
「これ、この匂い…」
梓はそう言うと、クンクンと犬のように辺りの空気を吸い込んでいた。
さっきからずっと、風に運ばれてくる。
甘くてツンと鼻をつく香り。
「なんの匂いか、知ってる?」
この時期になると、決まって近くの家の庭先から漂ってくる。
「……キンモクセイ」
小さなオレンジ色の花を無数につけて、甘い、甘い香りを放つ。
「キンモクセイ……」
そう呟いた梓は、ゆっくりと目を閉じてキンモクセイの香りをいっぱいに吸いこんだ。
なんだか胸の奥が熱い。