無音の音
「もう帰ろうか。」

「うん、そうだね。」

八時が近くなると、私はそう切り出す。

茜はその声を聞くと、いつも、うんそうだねと言い、どんなに途中でも筆を置いた。

茜は手早く片付けをして、私はそれを手伝う。

茜は油絵の具を片付け、私はキャンパスごとイーゼルを元の場所に戻す。

それは、ここ二ヶ月の間に二人の間で決められた暗黙の了解だった。

「今日は進んだ?」

「うん、いい感じだよ。」

美術室に鍵をかけ、暗い階段を降りながら、私は茜に話しかける。

それもいつも私がここで聞くことで、茜もいつも同じように答えた。

鍵を職員室に返し、二人で外へ出る。

秋の夜はけっこう寒い。明日から上に何か着てこなきゃと思い、肩をすくめた。

校門の所には、一台のタクシーがとまっていた。茜はいつもこれに乗って帰る。

八時ぴったりに来てもらうようにしているので、いつも私が頃合いをみて茜に声をかけた。

そうしないと茜はいつまででも絵を描く。

一人で描いていた時は、よくタクシーを待たせて先生が運転手に頼まれて呼びに来ることが度々あったらしい。

それでも今は私が時計番をしているので、遅れたことは一度もない。

少しでも茜の役に立っていることが嬉しかった。

「じゃあまた。」

「うん。気をつけて帰ってね。」

茜がタクシーに乗り込み、すぐに走り去る。

私はタクシーとは逆方向へ歩き出す。

(次は木曜日か。)

また長い三日間になる。
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