泡沫の夜
「あ、柏田部長が言ってたコーヒーってこれか……」
「⁉︎」
背後から飛び込んできた声に、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
だって……嘘でしょ?
振り返らなくても分かる。
理央くんの、声だ。
「すみません、柏田部長には許可もらってるんで。俺にもそのコーヒー少し分けてもらえますか?」
そう言いながら、理央くんが給湯室に入ってくるのを背中で感じた。
すれ違うくらいなら、今までにも何度もあった。
でも、こんな風に話しかけられたのは初めてで、まさかバレるわけはないと思いつつ、すぐには返事ができなかった。
「あの?」
訝しむ声音に我に返った。
慌てて手近にあった紙コップに部長のコーヒーを入れて、俯き加減にコーヒーを手渡す。
「……どうぞ」
自分でも呆れるくらい愛想もくそもない。
「……ありがとう、あなたは……」
「し、失礼します」
自分のカップを持ったまま、彼の横を抜ける。
何か言いかけた彼の言葉を無視するようになってしまったことに後から気付いたけれど、真っ直ぐ顔を見ることができない状態なら、失礼なのは今更だと開き直った。
今の自分が本当の姿なのに、こんな自分は知られたくないと思ってしまう。
なんて卑屈な人間なんだろう私は。