泡沫の夜
間も無くコーヒーカップを手にした敷島さんが戻ってきて、私達は背中合わせにコーヒーを飲んだ。
「やっぱり美味い」
ポツリと落とされた声に、「本当に美味しい」と返事ともつかぬ言葉が溢れた。
「俺ね、実はブラックは飲めないんだけど、これだけは砂糖もミルクも入れたくないんだよねぇ……不思議だなぁ」
敷島さんの話に耳を傾けるように椅子ごと体の向きを変えた。
「苦いの、ダメなんですね」
「ちょっとね」
彼も同じように身体をこちらに向けていて、私達は並ぶようにして一緒にコーヒーを飲んだ。
始業前とは言え、会社でこんな穏やかな時間が流れていることがなんだか不思議だ。
普段は遠慮して飲まなかった部長のコーヒーと、隣で一緒に飲んでくれる敷島さんのお陰で、今日は仕事前から気分が和んでなんとなくやる気も出てきた。
いいかも、これ。
「あ、山瀬くんは甘いもの大丈夫?」
「はい。どちらかと言えば好きな方です」
「じゃあ、これどうぞ」
デスクの引き出しからキャンディのような包みが敷島さんの掌の上で転がる。
「あ、これ◯ンツのチョコレート」
去年のバレンタインに部のみんなに配ったのも、◯ンツのチョコレートだった。
「そう。実は、去年のバレンタイン以来ハマってね。たまに買うんだ」
はい、どうぞ。
と目の前に差し出されて、遠慮がちに手を伸ばす。
その辺のコンビニに売っているような安価なチョコレートではないから、ほんの少しだけ戸惑ってしまう。
けれど敷島さんの穏やかな笑顔に、素直に受け取った。
「ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして……てか、このチョコレートの事は内緒な?」
貴重なオヤツって事なんだろう。
私が貰って良かったのか、ほんの少し戸惑いもしたけれど好意に素直に甘えることにした。