泡沫の夜
「……山瀬さん?」
「え、あ……」
敷島さんの声に我に返る。
理央くんのとのことを思い出して、ボンヤリしていた私を敷島さんの声が現実へと引き戻す。
現実……。
そう。ここが、今が、私の現実だ。
理央くんとの事は、泡沫。
手に入れようと考えることすら無謀なもの。
留めることすらできない。指の隙間から溢れて消える……邯鄲乃夢。
還れなくなる前に、自ら断ち切って戻ってこないといけない。
いつか嘘がバレてしまって、軽蔑されるくらいなら、自分から手を離さなきゃダメだ。
今ならまだ理央くんは、私のことに気づいていない。
今離れてしまえば、彼はすぐに私のことなんて忘れてしまうだろう。曖昧な記憶でしかなくなる。
今後もしまた会社で出会うことがあったとしても、こんな風に罪悪感に苛まれずに済む。
潮時、なのかもしれない。
「せっかくのコーヒーが冷めちゃいますね。いただきます」
敷島さんが入れてくれたコーヒーを手に取り、ゆっくりと味わった。
「……さっきの話の続きだけど、たまにでいいからこんな風に一緒にコーヒーを飲む時間をくれない?」
「……たまにでいいなら」
理央くんから離れることを考えながら、他の男性との時間を作ろうとする自分が浅ましい。
だけど、金曜日の夜を……理央くんとの泡沫を失うことになるのなら、そんな逃げ場が欲しいと思うのはいけないことなのかな?