泡沫の夜
カチッ、
音を立てて解錠された後、カードキーは彼のスーツの胸元へ滑り込んでいった。
ドアノブを掴む骨張った指が、視界の端を掠める。
「あ……」
降ってきた薄く形の良い唇が、溢れかけた言葉を拭うようにして深く重なって……。
私は、いつものように彼の頭を抱きしめて目を瞑った。
まだ部屋にも入ってないのに、と行為へのプロローグは、いつにも増して性急な気がしたけれど、謎はあっさり解けた。
昼間、会社で上司とやり合っていた姿を偶然見かけたのだ。
彼にしては珍しく熱くなった様子に驚いたけれど、新しいプロジェクトのリーダーを任された彼としては、なにか譲れないものがあったのだと、同じチームのメンバーから聞いて納得した。
仕事に対してストイックな彼は、自らは勿論仲間達にも妥協は許さない。
多才なアイデアを打ち出し、その先に進む道を自らが先頭に立って切り開き後ろに続く者達の道標となる彼は本当に凄いと思う。
尊敬に値する人物だ。
そんな彼と、こんな風に抱き合いキスを交わすのは、けっして地味で冴えない女であってはならないんだ……。