泡沫の夜
「……今日は行かないの?金曜日だけど」
不意に聞こえてきた声に飛び上がるほど驚いて振り返った。
そこにスーツ姿の理央くんが居た。
会社帰りなんだろう彼の姿は昼間見たそのままで。
「……え、」
「金曜日、会う約束していただろ」
彼の言葉に息をのんで立ち尽くす。
やっぱり、バレてしまった。
ここで待っていたのかな?私を捕まえて責めるつもりで……。
そうされても仕方のないことをしたんだ。
謝って許してもらおうなんて思っちゃダメだ。
それでも謝らなきゃ……。
「……ごめんなさい。騙すつもりなんてなか……」
「行こう」
被せるように言われて手を引かれた。
思いの外強い力につんのめるようにして前に倒れかけた私を、彼はいつの間にか腰に回していた腕で私を抱き寄せた。
胸がギュッと締め付けられて、心が軋む。
その姿勢のまま歩いて行く彼に、私は従うしかなくて。
それでも右半身に感じるスーツ越しの体温と彼の香水に、くらりと目眩がした。
見上げた先にある彼の精悍な顔立ちは、ぞくっとするような色香が漂っている。
きっと怒っているのだろう。眉間に寄せられた皺がそれを物語っている。
通りに出てタクシーを止めた彼は、私の背中を押して先に乗せると、自分も隣に乗り込んできた。