泡沫の夜


「……ホテルまで」

いつも使うホテルの名を告げた後、彼は胸の前で腕を組み、目を閉じた。

話しかけることもできずに、隣に座る彼の横顔を見つめた。

こんな風にこんな近くで理央くんを見つめることがとても不思議なことに思えた。

金曜日の夜、例えどんなに近くにいても、嘘で塗り固めた自分は本当の自分ではなかったから、素のままの自分が彼と並んでいられることが違和感でしかない。

それに、こんな風にじっくりと彼を見つめたことがあっだろうか?

キスをして、抱き合って、だけど仮初めの姿の自分は、きっとその目に映すものも霞んでいた気がする。

彼を真っ直ぐに見つめることから逃げていたのかもしれない。

「……穴が開く」

「えっ、あ、ごめんなさい」

目を閉じていたから気づかれないと思っていたのに。

慌てて彼から視線を逸らして車窓から外を眺めた。

これからどうなるのか分からない。

彼が何を言っても、何をしても、黙って受け入れるしかない。




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