泡沫の夜



どうして今敷島さんの名前が出てくるのか訳が分からない。

だけど、もし理央くんが敷島さんを引き合いに出して、私と離れる理由にしたいのなら……。

「良い人だよ。とても」

「……好きなのか?」

既に飲みきったのだろうか、彼が持つビールが傾いて……そしてそれを握りつぶした彼はそのまま缶を床に落とした。

好きなのは、理央くんだよ。

理央くんしか好きじゃない。

でもそれを言ったら、貴方は困るでしょう?

「嫌いじゃない、よ。良い人だもの」

俯いて、嘘とも本当とも取れない言葉を呟く。

「……」

「……帰ります。本当にごめんなさい。二度と貴方の前に顔を出さないようにするから」

沈黙に耐えられなかった。

でも、私から始めた事だから、別れを告げるのは私からじゃないとダメだよね。

ビールを冷蔵庫の上に置いて、もう一度理央くんを見た。

項垂れた彼の表情は見えない。

私の顔なんて、もう見たくもないよね。

小さく息を吐いて彼に背中を向けた。

扉に近付き伸ばした手でドアノブを掴んだ途端、強い力でそれを引き剥がされる。

「⁉︎」




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