泡沫の夜
「でも……それは、私にじゃなくて……カナにでしょう?本当の私は貴方が知っている私じゃない。本当の私は地味で冴えなくて、つまらない……」
「さっきから何を言ってる?カナも羽奏もどっちも同じあんただろ?」
「⁉︎」
頭を殴られたみたいな衝撃が走った。
どういうこと?理央くんは、いつから私のことを知っていたの?
口をパクパクさせて混乱している私に、理央くんは不思議そうな顔で私を見下ろす。
「なに?もしかして本当に別人を演じてたとでもいうつもりか?」
「なに、それ。じゃあ、理央くんは私のことを山瀬羽奏だと、最初から知っていたの?」
驚きのあまり涙も引っ込んでしまった。
だって、そんな……嘘だ。
「知ってるもなにも、あの店で会ったのは……というか、あの日俺はカナ……羽奏のことが気になって、羽奏の後を追ったんだ」
「後を、追った?」
「あぁ。……誤解して欲しくないけど、あの日だけだからな。後を追ったのは」
「嘘……」
「だから当然だけど、あんたが山瀬羽奏だということも、うちの会社の経理部だということも、最初から全部知ってたよ」
「……消えたい」
今すぐ消えてしまいたい。
理央くんの好みになれるように、派手でクールな大人の女……そういう女を目指して演じていたのも全部知られていたなんて。