泡沫の夜
「……やっぱり、今日も帰る、か」
シャワーを浴びて、散らばった服を拾い始めた時、彼の寂しげな声音が聞こえて顔を上げた。
「……いつものことでしょう?」
情事の後、シャワーを浴びて身なりを整えて、崩れたメイクを簡単に治す程度にして部屋を出る。
いつもの行動に、彼がこんな風に落胆した様子を見せたのは、初めての夜を過ごした時と、今回とで二度目だ。
私は決して彼と夜明けを迎えることだけはしない。
12時を過ぎることを許されなかったシンデレラではないけれど、初めから決めていたことだ。
自分を嘘で着飾って、彼とこの関係を続ける事にしたあの日に決めたことだ。
「カナ、」
ベッドの中から上半身を起こして腕を掴んできた彼に戸惑いの視線を向ける。
本当に今日の彼はいつもと少し違う。
昼間の仕事のことで、上司とのこと以外にも何かあったのだろうか?
「カナ、」
もう一度彼が名前を呼んで、同時に手を引かれた。
あっさりと彼の胸の中に抱き込まれてしまう。
ぎゅっ、と力を込められて、まだ汗の引かない彼の肌が頬に吸い付く。
ふわりと香る、彼の愛用の香水の匂いは、会社ですれ違いざまに何度か香ったそれとは少し違う。
彼自身の汗と、私が彼と会う時だけに使う香水とが絶妙に混ざり合って官能的な香りを生んでいるのだと思う。
私と彼が、この時間だけに纏うことのできるもの。
けれど、それが逆に私を冷静に導く。
夢の時間は終わりなのだと告げてくるのだ。