泡沫の夜
Saturday
「遅いよ、羽奏(わかな)」
待ち合わせの駅前で、待ちくたびれた様子の澤井 恵理菜(さわい えりな)に走り寄る。
顔の前で両手を合わせて拝むように謝ると、デコピン1つでなんとか許してもらえた。
土曜日にランチの約束をしていて、少し早めに出て買い物にでも行こうと話していたのに寝坊してしまって大遅刻だ。
寝坊の原因は、昨夜の彼の様子が気になってなかなか寝付けなかったから。
「そう言えば、進展したの?例の年下くんと」
歩き始めて早々に恵理菜から当の本人のことを
聞かれて、ちょっと焦ってしまった。
「べ、別に進展なんて……」
恵理菜には彼との事は話していない。
短大時代の親しい友人にも話せない、秘密の付き合いなんて……虚しいのだけど。
「理央(りお)くん、だっけ?」
「篠原、理央くんだよ」
私より気軽に彼の名前を呼ぶ恵理菜を恨めしげに見つつ、苗字を添えた。
「そうそう、篠原くん、ね」
「本当は、くんをつけるのも烏滸がましい位、年下とは思えない程有能で真面目……な人だよ」
真面目な人が、あんな風に素性も知らない女性と関係を持つなんてしないか……なんて頭の片隅をよぎったけれど、実際会社での彼の評判に違いはないから訂正しなかった。