泡沫の夜
篠原 理央くんは、私が勤める旅行会社に一昨年入社した。
彼が所属する企画部は、私がいる経理部のフロアとは階違いで滅多に会う事はない。
けれど入社当時から目を引く容姿だった彼は、女性社員からは早くに噂に上がり、仕事の覚えも早い彼は男性社員からはほんの少し煙たがられる存在でもあった。
そんな存在感のある彼と異なり、私、山瀬 羽奏(やませ わかな)26歳は、地味で目立たないどこにでもいる普通の女だ。
「そう言えば!」
ウィンドーガラスにへばりつく様に見ていた恵理菜が勢いよく振り返るから、思わず仰け反る様にして彼女から一歩離れた。
「先週の金曜日の夜、羽奏にそっくりの人を見かけたのよ」
「え、?」
ドキッと胸が跳ねたけど、幸い表情には出なかった様で、恵理菜に動揺を知られる事はなかった。
「やだ、似たひとだってば。遠目だったから自信ないんだけど、顔がね似てると思ったの。でも、羽奏とは別人だってすぐ分かったわ」
「そう、なの?」
「だってね、髪型も、着ていた服装も、全然違うのよ。なんていうか……派手な人だったの」
「派手……?」
そうよ、羽奏とは全然違うでしょ?と言って指を指される。
改めて自らを顧みれば、おとなし目の色の、おとなし目のスタイルの自分がいた。
肩より少し伸びた濃茶の髪は、クセのないストレート。
ナチュラルメイクといえば聞こえはいいけれど、地味な印象しか持たれないもの。
極力肌を出さない様な服装には、隙なんて微塵も見えない。
これが、私。