その音が消える前に、君へ。
この檻の中で
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授業と授業の間の短い時間の休憩時間、普段通りざわめく教室の中で空気が小さく震えはっきりとその音は私の耳に届いた。
今まで聞いたことのないその音に、無意識に本を読んでいた手がピタリと止まる。
濁っては澄んでいくのを、何度も何度小さく繰り返す聞いた事のない独特の音。
ふと、本から視線を上げてその音が聞こえた方を見れば、煌めく太陽の光を取り入れる窓側の席に座る一人の男の子。
少しだけ癖のある柔らかそうな黒髪が、陽の光にほんの少しだけ輝いた。
呼吸という吸って吐く動きと共に流れていく周りの空気でさえも、彼の周りはどこか違う。
ありふれた日常で普通ばかりを求める者たちが存在するそんな中で、そこだけは何か違う空気を纏っているようなそんな気がした。
白いイヤフォンを両耳に入れ、窓の外の大きな空を眺め一人の世界に浸っている、それだけの姿だというのに、彼だけ違う世界を生きているような気がした。
左斜め前の少し離れた席にいて、声をかければ振り向いてくれるであろう距離だというのに、はるか遠い場所からその音を感じるようで、何故か胸が締め付けられていく。
ずっと聞いていたい、でも聞いてはいけないその音を聞いているせいなのだろうか。
「……き……ゆき――紗雪?」
親しみのあるその声で名前を呼ばれ、我に帰るように本を閉じて声の主へと顔を動かした。
「ごめん。何だっけ?」
慌てた様子を見せないように、そっと本を机の上に置いて素直に謝り首を傾げた。
数十秒前の話の話題を思い出そうとするものの、そもそも本を読みながら聞いていたために、全然内容が頭に入っていない。
目の前に座る幼馴染のショートボブにしたばかりの髪が、小さく揺れた。