その音が消える前に、君へ。
頬を膨らませながら顔を近づかせてくる幼馴染――牧田 陽菜乃(マキタ ヒナノ)は軽く私の鼻を突っついた。
もう!と微かに眉間にしわを寄せて怒りながら、私をじっと見つめる。
「また話聞いてなかったでしょ〜?」
「ごめん。つい物語に夢中になっちゃって……」
大好きな本の表紙をそっと優しく撫でると、サラサラとした手触りが私を満たしていく。
その感覚のお陰でいつも心は安心感に包まれていくのだから、これだけは絶対に譲れないのである。
「本当に本好きだよね、紗雪って」
「うん、好き」
「でもそんな本ばっかりじゃなくて、男子にも目を向けなさいよ〜?青春が勿体無い」
そう言って人差し指を今度は額に当てて、バーンと銃で撃つ素振りをして笑顔を見せた。
どうやらよっぽど、本の世界に浸っていたようだ。
閉じた本から頭を覗かせる栞は、物語を四分の三まで読んだことを示していた。
週末に買って今朝読み始めたばかりだと言うのに、本の世界にどっぷり浸かると、気づけばあっという間に読み終わってしまう。
でも、この本の世界があるから私は毎日楽しみがある。
陽菜乃の言う通り、誰かに恋をして毎日目で追いかけて、人に隠れて恋占いをして、告白して。
そんな青春があったら確かに毎日キラキラしているのだろう。
しかし初恋もまだな私には、想像もつかない世界だ。