その音が消える前に、君へ。
それに、“ここ”にいる限り生徒は皆、必ずしも大事な人に隠すものが一つ存在する。
それがある限り、私達は一線を踏み越えて関わることは絶対に出来ない。
例えどれだけ相手の事を想っていて、全てを知りたいと願っても、その一線を踏み超えればそれは【裏切り】を犯すことになる。
そんなリスクを背負ってまで、私は誰かと恋をしたいとは思わない。
そうは思ってても、陽菜乃は何故か恋に憧れが強い。
それが普通なのか何なのか私には分からないけれど、ちょっとした変化にもすぐ恋に結びたがるという、変な思考回路がある。
私にはそれを理解する事ができなくて、いつも困惑してしまう。
「さっき榊、見てたよね」
そう言われ反応しそうになる体をなんとか抑えて、否定はせずに陽菜乃と一緒になって窓側の席に座るクラスメイトの榊 絢斗(サカキ アヤト)くんを見た。
「……なんか、一人物思いにふけてるなあって。どことなく今読んでる本の主人公に似てる所があったの。彼っていつもあんな感じだったっけ?」
「幼い時に入学してからずーっとクラスメイト10人の名前も言えないような子が、誰かに興味持つとは……やっぱり恋?」
「そんなんじゃない。陽菜乃が考えるような甘いおとぎ話を、私がもし綴ってしまったら……長すぎる物語になるよ」
淡々と且つはっきりとそういうと、なんだと一つぼやくと興味を失くしたのかスマートフォンを取り出していじり始めた陽菜乃の様子を伺いつつ、もう一度バレないように榊くんを見た。
じっと青空を眺め、小さく肩を上下に揺らして息をする。
人との関わりを極端に減らすこの私が、彼の奏でるその音に意識し始めたことは誰にも言うことは出来ない。
それが私達の、狭くて窮屈な世界だから。
でもこの限られた空間で、その音は小さくも私の耳にちゃんと届いている。