その音が消える前に、君へ。
林を抜けてしまうと、好奇心で動いていた私の足が徐々に動かなくなってしまう。
ふわりと香る匂いは潮の香りを圧倒するように、けれども優しく漂っていた。
風にその体を躍らせ、咲き誇るのは夏に似合うハイビスカス達だった。
テレビの番組内や造花では見たことはあったが、本物でなおかつこんな一度に大量のハイビスカスを見たのは生まれて初めてだった。
色とりどりのハイビスカス達は太陽の光を浴びようと、大きく逞しくその背を伸ばしていた。
呆けるように眺めていると、私の顔を覗くようにして榊くんが見つめてくる。
「アッと驚いたでしょ?」
「……」
声にならなくて、小さく頷くことしか出来ないけれど榊くんは満足そうに笑った。
「じいちゃんに連れられて、一度だけここに来たことがあったんだ」
「そうだったんだ」
そうは答えるものの、少し腑に落ちない。
しかしここでそれは本当かと尋ねることをしても、面倒にしかならないことが目にみえているからやめにした。
今はただこの花達の音に耳を傾けたい、それだけの想いでいっぱいだった。