その音が消える前に、君へ。
きっとここは彼にとって思い出のある場所なのか、そうでない別の何かがある場所なのか。
彼はここを知っていて、でも来てはいけない場所なのではないかと思った。
それ程までに、彼の、榊くんの音が苦しそうにもがいていた。
どこか遠くで蝉達が、命の音を必至に響かせて次の命へと繋ごうとしている。
今日はやけに音がひしめきあうように響かせている。
「素敵な場所に連れてきてくれてありがとう。もう戻ろう。夜にはちゃんと天体観測できるように、私達で準備進めなきゃ」
淡々とした声で、帰るように促すことしか今の私には出来ない。
名残惜しそうに花を撫でるのをやめて、私に向かって見せた笑顔にドキンと胸が跳ねた。
段々と熱くなる顔を見られないように、榊くんを置いて行くように背を向けて歩き出す。
涼んで火照りが収まった体が、またしても熱くなる。
早く家へ帰りたい、もう、これ以上音を聞きたくない。
それでも音達は、私に聞いて聞いてと語りかけてくるように音を運ばせてくる。
そして榊くんの足音も。
「だから、危ないところ多いんだって」
いつの間にか横を歩いていた榊くんが、もう一度、今度は優しく手を取った。
「道分かんないでしょ?道案内は俺の仕事なんだから、しっかりついて来てね」
そう言った榊くんの手は――少し震えていた。