その音が消える前に、君へ。



サアッと流れていく風に背中を押されるように何も言わず立ち去ろうとしたその時、榊くんがゆっくりと私を見た。



「なんで、君はーーをーー切るの?」


「え……?」



強く吹いたその風に榊くんの言葉がかき消されていった。


聞き返したかったけれど、ポケットから着信を知らせるバイブ音が鳴って反射的にポケットに手を伸ばした。


すると榊くんは何もなかったかのように、私に背を向けてホテルへと歩き出してしまった。


引き止めたかったけれど、引き止める理由なんて私になんかあるわけなくて。


一人になったこの場所で、バイブ音だけが鳴り響く中榊くんの小さく呟いた言葉が頭を揺らした。



「ーーあの人と決めた以上、もう揉みくちゃにされてたまるか」



きっと、断った理由は榊くんには……想い人がいて、さっきの子には諦めをハッキリつけてもらいたい、その想いで告げたんだろう。


キュウッと胸が締め付けられるような、そんな感覚に首を強く首を横に振った。


私には何も関係ない、そう何度も言い聞かせるのにどうしてしまったのだろう。


ため息を漏らしていると、いつの間にか消えていたバイブ音が再び鳴りだした。


気持ちを切り替えて今度こそスマホを取りだして電話に出た。



『紗雪~今どこ~?』



陽菜乃のその声を聞いて、自分が遅刻しかけていることを思い出し気持ちを投げ捨てるように走りだした。



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