その音が消える前に、君へ。


それでも今まであったもやもやが少しずつ消えていくのが分かった。


ちらりと榊くんを盗み見れば、下唇を噛みしめて今にも泣きそうなそんな表情に咄嗟に腕を掴んでしまった。


何やってるんだろう、言葉なんて用意していないのに。


自分自身に困惑していると、榊くんも驚いた様子で私を見つめていた。


どうしようと考えるよりも先に、榊くんが私の肩に手を置いた。


そしてぐいっと私を引きよせて、トンと胸に額が当たった。



「夕方のことはーーどうか忘れて」



吐息交じりにそう囁いて、弱々しく私の肩に額を乗せてきた。


ドクンと跳ねる心臓にどうしていいのか分からない上に、苦しさばかりが募っていく。


忘れたい、そうは思ってはいても貴方の事が分からなくなって、離れたいのに離れられないの。


貴方のその音が、私を狂わせてしまうばかりで足は動こうとしても空回りばかりで。


こうなるって予測してはいても、対処する方法なんて私には持っていなくて。


ごめんなさい、と小さく呟いて榊くんを無理矢理引き離して、陽菜乃の元へと駆け出した。


今夜でこの臨海学校の生活が終わる、そうすればきっと気持ちも楽になるはずだから。


そう自分に言い聞かせることしかできなくて、切ない夜はただただ流れていくだけだった。


朝が訪れそして臨海学校での時間はゆっくりと幕を下ろし、普通の夏休みへと戻っていった。




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