彼がうんだもの
気づいてみたら、いつのまにか20歳をとっくに過ぎていてもう四捨五入をすると30歳になってしまうのだ。


その事は何だかわたしをずいぶんと憂鬱にさせた。彼だってわたしより少し若いだけで同じような年齢。


それなのに数年振りにわたしの前に現れ、大学に遊びに来た彼は全く持って昔のイメージと変わっていなかった。


外は土砂降りの雨で、室内の湿度は大変高そうで、廊下がべとべとになっていた。


そんな中をわたしと彼は一緒に歩く。とくに何か話す事があったわけではなかったけれど、久しぶりに友人に会って何だかホッとした。ここのところ実験や論文に根を詰めすぎて、それにくわえてこの雨。わたしは心底憂鬱で、参っていたところだったから。 


細かく見ると彼の服装はずいぶん大人びていて、さすがに昔のような黄色い長靴はもう履いていなかったし、雨の中を走り回ったりはしないと思いたい。けどこういった、わたしの大嫌いな日を心のそこから愛している彼は昔からのままだった。


「俺もうすぐ結婚するんだよね」


子供みたいな口調ではしゃぐように彼が言った。何だか溜息をつきたくなった。


わたしたちももうそんな事を考える年齢になってきたのか。


「すごく優しくて、可愛くって」


わたしがとくに相づちも返さないうちから、彼は自分の妻になる人について延々と話していた。


わたしは無言でも、わたしのスニーカーは廊下とこすれて、彼の話にまるで頷くかのように小気味のいい音を立て続けていた。


あまり話すのが好きではないのでわたしはそのまま話を聞きながら考え事を続ける。



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