彼がうんだもの
今日は、論文の下書きをしていたら突然彼から電話がかかってきて、学校の正門にまで迎えに行って、今の彼には相応しいかっこいい車に乗った彼は突然に大学内を歩いてみたいと言い出した。


車から外に出て雨に打たれながら嬉しそうに、正門から室内に入るまでは結構遠いのに彼はわたしの差し出した傘を使おうともしなかった。わたしはその傘を1人で持て余しながら、先導して歩いた。いつも振り回されるんだよなあと考えながら、久しぶりに会って懐かしくて、嬉しかった。


「その靴の音、いい音だな」


彼がそう言って答えを待つかのようにわたしの顔を覗き込んだ。


え? わたしは驚いて急に立ち止まったから、靴底はこすれてまるでおなかをすかせた小動物のような情けない音を出した。


驚いたわたしの表情と、その音がよほどおかしかったのか、彼は微笑んだ。


ひとしきり構内を歩いて、しばらく経つと来た時と同じような唐突さで彼は車を運転して去っていった。


一体何だったのだろうか。わたしは首を傾げる。


彼は何かを理解していたのだろうか? これから自分に起こる事を何となく予感してわたしに逢いに来たのだろうか?


よくわからないけれど、わたしが最期に聞いた言葉は些細な事で、実にわけのわからないへんてこな言葉だった。


それだからこそ頭の中にこびりついたのかもしれない。



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