彼がうんだもの
わたしはまた研究三昧の日々に戻り、時間が過ぎていく。


そんなある日にわたしは人づてに、もう古い古い友人で名前と顔がぼんやりとしてしまっているそんな人から、彼が病気で死んでしまったと聞かされた。葬式が近いからと葬儀の場所を教えられて、もう君は彼の事なんか覚えていないかもしれないけど、中学の時の同級生だから必ず来るように。と彼は言った。


礼服の準備をして、葬儀場に行って、御経をあげてもらった。お墓参りをして、それから何かをした。


ぼんやりとしてあまり頭が働いていなかった、悲しいような、何か割り切ってしまったような不思議な気持ちだった。


何故かわたしはあまり驚かなかった。彼はいつだって昔から突然行動を起こしたし、いつも振り回されるのはわたしだったから。


そんなふうに考えて何とか上手く自分を納得させたかった。


天気は彼に味方をするかのように、お葬式の時もお墓参りの時も、いつも静かに雨が降っていた。


外を歩くと、青紫の紫陽花の花や、草むらが雨に打たれて何だか儚いようですごく綺麗にわたしの眼には写った。


帰り際に、水に濡れた石畳の上を歩く時、わたしの黒い靴はいつものスニーカーと違って軽いくせに重たい雰囲気を出そうとするような、誰かに別れを告げるような、ぱしゃん、という水音を奏でた。


さようなら。と、彼に告げるように。寂しいけれど、最後に話せてよかったよって、上手く言葉に出来ないどこに向かって言えばよいのかわからないわたしの思いの代わりに靴音が全てを物語ってくれるようだった。


一歩ずつ別れの言葉を踏みしめながら、わたしは彼の眠る場所を後にした。雨はずっとずっと長い間降っていた。


いつまでも降っていればいいと思う。そのほうがきっと彼も喜ぶと思う、天気はいつだって彼女の味方だったから。


はしゃぎ回って、走り回って、軽快な水を跳ね飛ばす音を立てながら、びしょ濡れになって髪の毛からしずくが滴り落ちて眼も開けられないような雨の中で笑っている、彼の姿をわたしはずっと考えていた。



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