【完】溺れるほどに愛してあげる
*
「いい?あたしがご登場ください!って言ったら出てくるんだよ?」
「…別にこんなことしなくても普通でよくない?」
「サプライズが大事なのー!」
きっと事前に言ってしまえばみんな構えてしまう。
あの、金田が来るなんて。そして文化祭に参加するなんて。
思いもしていないだろうし、金田に対して悪い印象を抱いてる人もいるかもしれない。
そんな空気をね、変えたいの。
あたしの予想通り、みんなリラックスしたような面持ちで談笑している。
「城崎来たから…これで揃ったか?」
「ちょっと待って!」
「ん?」
一斉にあたしの方へ注目が集まる。
なになに?どうしたの?
そんな表情の人もいれば
暑いんだから早くどっか行きたいんだけど…
そんな風に額に流れる汗をタオルで拭ってる人もいる。
「実はもう1人、来てます」
「でも来れるって言ってたのはこれで全員だぞ?」
委員長も目を丸くしてあたしを見る。
「ご登場ください!」
金田はすぐ近くにある木の裏に隠れていた。
…正しく言えば、隠れさせていた。
あたしは金田がいる方向に体を向ける。
みんなもあたしと同じ動きをする。
もちろんそこに現れたのは。
「金田…?!」
「金田くんだ…!!」
金色の長髪をなびかせながら歩いてくる、金田 千景。
あたしの隣に立ったのを確認すると、後ろに回って彼の両手を掴む。
「体育祭は参加できなくてすみませんでした!文化祭は参加させていただきます!」
少し声色を下げて、掴んだ金田の両手をガッツポーズにする。
みんなから見たら金田がガッツポーズしているように映るはずだ。
「おい優愛!何してんだよ!」
急に始まった茶番劇に金田はちょっとした怒号をあげる。
「…ぷっ」
「あはははは!」
それでもあたし達を見たみんなは全員、楽しそうに笑っていた。
「なんだよ金田ってこんなやつなの?」
「めっちゃビビってたのに!」
そう。あたしが見たかったのはこんな風景。
金田がきちんとみんなに受け入れられて、みんなで笑っている風景。
…これを、見たかったんだよ。
「…優愛?」
気付くと隣にいたはずの金田は前の方で男子の群れに捕まっていて、とっこが心配そうにあたしの顔を見た。
「使う?」
差し出されるハンカチで、自分が今涙を流していることに気がついた。
やだなぁ…おかしい。
嬉しいはずなのに寂しいなんて。
あたしはずっと、金田を助けたいって思って今までやってきた。
学校の楽しさを教えてあげたいって。
それでもクラスの子と笑ってる金田は紛れもなく楽しそうで。
そういう意味で、もうあたしの役目は終わったのかもしれない。
楽しいって思ってほしかった。
…でも。他に楽しいことを知って、あたしのことなんて飽きてしまったらどうする?
もっともっといろんな世界に触れたら、あたしなんかすぐに置いていかれちゃう。
そう思ってしまうのが心底辛い。
こんな心配しなくていいって、信じたいのに…
「優愛…?」
金田の心配そうな顔を見る余裕なんてなく、あたしはただ流れて止まらない涙を拭っていた。
耳からはみんなの楽しそうな声が聞こえていた。