正述心緒

2

 はっきりと言ってしまえば、建築の意匠設計は、芸術作品では無い。


 中に人が入って生活をする場所だから、安全性が求められるのはもちろんだし、実際に建てる為の予算の制約も当然の事ながら、その予算を出すのも設計者では無いのが普通で、設計する人間が思うままに好き勝手出来る物では無いのだ。

 じゃあ、決まったモジュールに当てはめて作ればそれでいいかと言えば、それはそれで面白みが無い。

 ゲームや漫画に出てくるような建物を、ありのままに作ることは難しくても、それを思わせるような建物を作る事は、決して不可能では無いが、かなりの労力を要する。

 それを面白いと思うかどうか、が問題で、自分はちっとも面白いと思えなかったあたり、向いてないな―――と悟るに至るのは、案外早かったように思う。


「見た?これ。」
 そう言って、透子が持ってきた建築雑誌に載っていたのは、先日発売になったばかりのRPGの新作に出てくる建物だった。
 建築家以外が考えた建物―――というカンジのタイトルの記事だったと思う。
「面白いよね。本当、どうやって支えてるんだろう、―――こことか。」
「そりゃあ、“マホー”に決まってるだろ。」
 そう言うと、あははっ、なるほど、便利~と声を上げて笑う。そしてページを興味深そうに覗き込んだ。

「…これ、澤村君とか、持ってるかな?」
 ゲームの事だと気が付いて、顔を顰めた。まさかと思うが…そのまさかなんだろうな。コイツの事だから。
「…まあ、持ってるだろうけどな。けどこれ、すぐ出てくるとは限んねえぞ。」
「えっ、そうなの?」
「結構攻略しないといけねえかもしんねーし、その間ずっと待っとく気かよ?」
「あー、そっか、そうだよね…」
 迷惑だよね…と、別の心配をしていたが、そこは指摘しないでおく。要は、澤村の所に行かなければ、それでいいのだから。

「ソフト借りて、自分ですりゃいいんじゃねえの?」
「ん?…うーん、それは……ま、いっか…。」
 めんどくさい―――と言った言葉が、ホントに面倒くさそうで、思わず笑ってしまった。
「らしーな。」
 そう言うと、透子が不本意そうに半眼で睨んでくるから、ますます可笑しい。
 笑ったままで頬杖をつき、ふて腐れている頰を摘まんでやろうと手を伸ばした時だった。

「っ、遥君っっ」
 不意に聞こえた声に顔を上げると、教室の入り口に、今付き合ってる“彼女(おんな)”が立っていた。
 その姿を認めて、透子が立ち上がる。
「じゃあね、シノ。」
 思わずその手を掴んだ。
 透子が驚いた顔で振り返る。自分でも驚いたが、透子が持っていた雑誌が目に入って、咄嗟に口を開いた。
「待てよ、それ、貸してくんないの?」
「え…?」
 ああ…と言った透子が、途端に半眼になった。
「シノさあ、」
「うん?」
「前貸した時、折ってたでしょ?」
「へ?俺?…シンジじゃねえの?」
「いーや、シノだね。安藤センセの美術館とこだったもん。」 
「あー…」
 思い出して口許を覆った。
 意外に近県だったから、ドライブがてらにと思って―――折ったな、うん。
 透子は口をへの字に曲げながらも、トン、と雑誌の角を頭に当ててきた。地味に痛い。
「今度やったら、罰金取るから。」
 その顔に、ふ、と笑って「了解」と告げると、透子は肩を竦めて背中を向けた。

 1つ息を付いて、雑誌を片手に立ち上がる。

 透子が向かったのとは反対の扉に向かうと、そこに立って、“彼女”が微かに体を震わせながら顔を伏せていた。
 今日はこの後バイトだから、約束はしてなかったよな…と思いつつ、「何?」と聞いてみる。
 途端にスゴい勢いで顔を上げた。見ると、何故か涙ぐんでいる。
「何って―――!!」
 信じられないと言わんばかりの顔に、呆気に取られる。
 いや、だから何なんだよ?
「バカにしてるの?!」
「は?」
 やっぱり分からず、間の抜けた声を出すと、唇を噛み締めて、“彼女”が腕を伸ばしてきた。
 雑誌を掴み取ろうとした所を、すんでの所で躱すと、キッとこちらを睨み付け、次の瞬間、ボロリと涙を流して顔を崩した。

「っ、遥君の、バカッッ―――!!」

 捨て台詞を残して、バタバタと走り去っていったのを、唖然としながら見送った。
 何だ、そりゃ…。

 これは、あれか、追っかけて、取りあえず何でもいいから謝れとかいう、パフォーマンスか?

「アホらし…」

 理由もわからんのに、何を謝れって?―――ムリだろ。
 肩を竦めて、教室を出た。
 取りあえず、雑誌が無事で良かったと思う。
 透子は、マジで罰金を取るに違いないから。

 そう言えば―――と思い出す。
 あの時の“彼女”が言っていた。

 こんな遠くまで来て、美術館とか、訳わかんない。

 
 何処でもいいよ~、って言うから行ったんだけど?
 もう一度肩を竦めて歩き出した。

 渡り廊下で1階の方を見ると、見覚えのある背中が、やっぱり背筋を伸ばして、スタスタと歩いて行く。

 それを見送りながら、微かに口角を上げた。
 透子だったら喜んだだろうと、そう思って。



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