正述心緒

7

「…何か、あったの?」

 聞かれて、目を開けた。
 目を押さえていた手の甲を外して横を見ると、肘をついて体を起こした女が、こっちを伺うように見ている。


 透子と別れた後で、もう1杯飲もうと行きつけのショットバーに赴いた。
 カウンターだけの狭い店は、雰囲気のあるダウンライトで仄暗く、大抵の客はふらりと1人で来て、マスターかバーテンダーの彼女と話をしながら酒を飲む事が多い。

 彼女とは1年ほどの付き合いになる。

 これまでの女と違って、職業柄か、プライベートを細かく聞いてくることも無く、非常に楽な関係だ。
 今日も、いきなりやって来て、この後空いてるか?と聞くのに、何も言わずに頷いてくれた―――自分でも、都合のいいヤツだとわかってはいるが。

 一瞬、目を閉じてから、息を付いた。

「大学の、…同級生に会って…」
 そこまで言った所で、ふ、と笑ってみせる。
「何て言うか、意外?」
「意外?」

 彼女の顔を見ないまま、更に口許を歪めた。
 そう、意外、だった。

「ほら、よく年賀状とかで、結婚しましたって、ヤツ。」
「うん?」
「ああいうのなら、あるかな、って思うんだけど。」

 そう、例えば、そういうので知らされていたら、違っていたのかもしれない。そして、そこに写る男は、ああいうタイプでは無いはずだった。ガタイの良い職人気質の男が写っていたら、苦笑いをしながらも、受け入れていた気がする。

 透子は情に厚い。
 好きだと熱心に口説かれれば、絆される事もあるだろう。でもその相手があの男だということに、何故か納得がいかなかった。

 そこまで考えて、目を閉じた。
 どちらにせよ、自分が口を出すことじゃない。

「結婚してたの?」
「…いや、どうかな。結構若かったから…」
 ふう…と、ため息をついた時影が差して、目を開けると、彼女が覆い被さるように覗き込んでいた。

「じゃあ、奪(と)っちゃえば?」
「え…?」
 呆気に取られて見つめ返すと、彼女がふふ、と微笑んだ。

「好きなんでしょう?…そのコのこと」

 ―――好き? 誰が、誰を?

「違うの?」
 そう言いながら、つ―――と、唇に指を滑らせる。
「それとも、好きって認めたくない程、不細工なコなのかしら。」
 思わずその手を掴んでいた。
 彼女は一瞬、息を呑んで、冗談よと言って、笑った。

「いいじゃない、結婚してないなら、まだチャンスあるわよ。」
「…簡単に言うな。」
「簡単になんて言ってないわよ。ただ…」
 そこまで言って、睫毛を伏せた。

「そのコの代わりに抱かれるのはイヤ。」

 思いがけない言葉に、目を見開いた。何を、言ってるんだろう?
 彼女がまた、微笑んだ。

「ねえ、知ってた?」
 言いながら体を起こして、シーツを引き寄せる。
「今まで、1度もキスした事無かったでしょう?」
「え…」
 そうだっただろうか…でも確かに今日は、部屋に入るなり、唇を塞いだ。
 彼女も肌が白くて、唇がやけに紅くて―――

 思わず口許を手の平で覆った。
 無意識のその行動の意味を、思い知らされて。


「そのコとちゃんと、決着つけてきて。―――それまでは、もう、会わない。」

 そう言って、彼女はベッドを降りた。


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