SEVENTH HEAVEN
くて撃ち甲斐があるぜ。」
(うわわわ‥っ」
走り出した私達の背後へと七色の銃弾が豪雨のように降り注ぐ。
銃声、火花、敵の悲鳴、フェンリルと呼ばれる男性の高笑い―辺り一帯が大騒ぎになる。
(助けてもらっておいて申し訳ないけど、この人、めちゃくちゃ過ぎる!)
「フェンリル、やりすぎ。」
「脱出完了、ずらかるわよっ!」
「はいよー。」
銃をホルターへ鮮やかに収め、フェンリルが門を飛び下りる。
白煙の向こうでは赤の兵たちが全員、地面に倒れ伏せていた。
「まさか、あの人たち死んじゃったんじゃ‥っ」
「軍人として死んだかもな」
「フェンリルの得物は、魔法石の弾丸が装てんできる改造銃なの。敵兵は眠っているでけよ♪」
(すごい、さすが不思議の国!)
「災難だったな、お前。俺は黒の軍のエース、フェンリル・ゴッドスピヤード、初めまして。」
「は、初めまして、‥。カナリアです。」
「カナリア、ちょっと顔、上げてみ。」
「え?あ‥。」
フェンリルは私の顔を覗き込み、ポケットから取り出したハンカチで頬を拭った。
「な、何‥!?」
「煤(すす)がついてた。もうOKだ。」
「そねそう‥。ご丁寧にありがとう。」
(この人、意外と紳士的‥?さっきまで銃を乱射してたのに。)
硝煙の匂いに不似合いな品の良さがあって、なんだか戸惑ってしまう。
「ワタシも自己紹介したーい!黒の10(テン)、セスでーす♪この子のは黒のジャック、ルカよ。これも何かの縁だし仲良くしましょうね、カナリアちゃん。」
「そんなことより‥新手が来てるけど。」
(え!?)
振り向くと、赤の兵舎から敵兵がどっと溢れだすのが見えた。
(まずい!)
「んもう、フェンリルが派手に撃ちまくってせいよ。戦闘狂(バーサーカー)バカっ」
「キーキー言うなって。やり足りねえのを抑えてるだぜ?むしろ褒めろよ。」
「二人とも、うるさい。-行くよ、カナリア。」
言い合いを続ける3人と一緒に、近くに停められていた馬車に駆け込む。
走り出した馬車の窓の外で、いつしか東の空が赤く燃え始めた。
(夜が明けた‥‥)
セントラル地区の広場へたどり着いて馬車を下りると、黒い隊列が私達を待ち受けていた。
(黒の軍が勢ぞろいしている!しかも、何百人も‥)
「偵察お疲れ。つーか‥なんでお前らがカナリアを連れてるんだ?」
「数時間ぶりだな、カナリア。」
「レイさん、シリウスさん‥!」
フェンリル達は他の兵にならい帽子をかぶりながら、驚いたように顔を見合わせた。
「カナリア、うちのキングとクイーンと知り合いだったのか。世の中狭いな。」
(キングとクイーン!?そんなに偉い2人だったんだ。)
「お前、妙な登場の仕方が得意なのな。」
「そういうわけじゃないんだけど‥」
「挨拶はあと。追手が来てる。」
馬の大群が駆ける音が、広い道の向こうから近づいてくる。
(赤の軍‥!あっちも、何百人も兵がいる。)
一糸乱れぬ動きで行進する、白と赤の軍服の軍勢ー率いるのは、4人の男性だ。
冷ややかな表情のヨナとこんな時なのに柔らかく微笑むエドガーさんにそして‥
鋭い目でこちらを見据えるゼロさんとダルそうな様子のカイルさんが見える。
(大ごとになっちゃった‥!)
「おい、どういうことだ?」
「実は偵察中にいろいろあって、赤の軍と正面衝突しちゃったのよねー。」
「お前らなー‥。偵察の意味、もう一回学校で習ってくるか?」
「やーた、怖い顔。そんなに怒ることじゃないんじゃなーい?だって‥アタシ達のキングも赤の軍とぶつかると予想したから、こうして兵を集めて待っていたんでしょう?」
「まーな。赤の軍は500年間、俺たち黒の軍を叩くきっかけを待っていた。それが今ってわけだ。」
(ブランさんが話していた、赤と黒の戦いが始まるってこと‥!?)
やがて赤の軍の行進を止め、両軍は真っ向から対峙した。
「これはこれは‥黒の軍の幹部がそろって出迎えてくださるとは思いもよりませんでした。」
「我が軍が預かった女を奪った上に奇襲をかけるとは‥‥。どういうつもりか釈明してもらおう。」
「随ずいぶんと白々しい台詞だな。赤のクイーン。美人が台無しだぞ。」
「もう一度言ってみろ。その口、2度と聞けないようにしてやる。」
「我がクイーンへの無礼は許さん!」
赤の軍の兵士達から、怒号が湧き起こった次の瞬間ー
「ー静まれ。」
瞬時に騒ぎがおさまり、波のように赤の軍が左右に分かれ、1人の男性が姿を現した。
「赤のキング、ランスロット様に敬礼!『深紅の血統に称えよ』」
「『深紅の血統に称えよ』」
(この人が赤のキング‥‥。すごい迫力。)
「誇り高き赤の兵達に告ぐ。お前たちが剣を振るう必要はない。」
赤のキングが手を振りかざしたとかと思うと、瞳が深紅の輝きを放ちー
(きゃ!?)
黒の兵士たちの武器が上空に浮かび上がり、砕け散る。
(今のは‥魔法!?あの人、魔法いしは持ってないのに見たいなのに、どうやって‥?)
「あーあー、また派手にやらかしやがったな、うちのボスは。」
「脅してわけじゃなさそうね。」
「面白い真似してくれるじゃねーの。始めるか?500年こしの殺し合い。」
「そうだな。先延ばしにしたどころでいずれ決着をつけざるを得ない。」
「正しい見解ですね。ゼロ。上出来です。」
「降伏するなら今のうちだよ。特に‥‥ルカ、聞こえているだろう?」
「‥‥聞こえない、何も。」
(今にも戦いが始まりそう!どうしよう。)
焦るけど、睨みあう赤の軍と黒の軍、両者の間に挟まれ、一歩も動けない。
「ランス、やめろ!」
「‥気易く呼ぶな、黒のクイーン。黒の軍に告ぐ。今日もって、赤の軍の傘下に入れ。」
「赤の軍に告ぐ。寝言は寝て言え。」
「ならばー次は、お前たち自身が砕け散るだけだ。」
赤のキングの瞳が、再び深紅の光を放ち始める。
(まさか、殺すつもり!?そんなの駄目‥‥!)
「お願い、やめて!」
「‥‥!」
私の叫びが空に吸い込まれ消え―ー何も起きないまま、魔法の光も霧消する。
(あれ?私‥赤のキングの魔法を弾き飛ばした?)
「ヨナの報告は事実だったか。2人目のアリスが迷い込んだようだな。」
「え‥?」
「俺のゆく道を邪魔をする者は誰であれ、敵とみなす。覚悟しろ、アリス。」
「勝手に話を進めるな。こいつの名前はアリスじゃなくてカナリアだ。」
(レイ‥!)
広い背中が、赤のキングの鋭い視線からかばってくれた、その時ー
馬車が猛スピードで広場に突っ込んできた。
「そこまでにしてもらおうか、諸君。朝っぱらから騒ぎやがって。一般人の迷惑考えろ、スカタンども。」
(ブラウンさん!業者台にいるのは‥男の子?)
静止した両軍の中央で馬車を下り、ブラウンさんは厳しい声で宣言した。
「セントラル地区は中立地帯だ。いかなる戦闘も禁じられている。政治と経済の中心であるこの町が戦いで荒れれば、グレイトルという国が滅ぶ。」
「‥‥」
しばらく沈黙が続きーやがて、赤のキングが念るように告げた。
「-今回に限り、我が国の書記官の顔を立ててやる。全軍、下がれ。」
(よかった‥!)
「安心されては困るよ、アリス。君は俺が、服従させることにする。」
「え‥?」
「喜んで俺に従いたくなるよう調教してあげる。楽しみに待ってるといいよ。」
(ど、どういう意味‥?)
ドキリと心臓がなって息を吞んだ時、赤のキングが私に視線を注いだ。
「アリス。すぐに会うことになるだろうが‥それまでの短い余生を楽しむがいい。」
長いまつげを伏せ、赤のキングはマントをひるかえし、背を向ける。
(‥気のせいかな。今、一瞬‥あの人がとても、寂しそうに見えた。)
けれど確かめる暇もなくキングは軍勢の中に姿を消しーやがて赤の軍は西の方角へと去っていた。
(ひとまず、危機は切り抜けられたけど‥赤の軍に敵だって認識されちゃった。)
「カナリア、どうやらあんたは科学の国からきた人間らしいな。」
「は、はい‥。偶然迷い込んだんですが、次の満月の夜まで帰る方法がないんです。」
(それまで私、無事でいられるかな。)
へたりこみそうになっていると、大きな手のひらに頭を撫でられた。
「心配しなくていい。迷子を放ったらかすような真似はしねえよ。」
「シリウスさん‥。」
「黒の軍にいらっしゃいよ、カナリアちゃん★ちょっとむさくるしいけどね。」
「えっ、私が黒の軍に?」
「‥なに言ってるの、セス。」
「名案じゃねーの?少なくとも、赤の軍の牢にぶち込まれるより100倍マシだろ。」
「ありがたいけど、部外者がお邪魔していいの?タダで居候するのはさすがに申し訳ないし‥。」
「じゃ、カナリア、俺たちと取引しろよ。この世界でお互い、生き残るために。」
「取引?」
「魔法を跳ね返す力ーお前の持つ能力が俺たちにとって助けになる。お前が俺たちの手を取るなら、傷の1つつけさせないと誓ってやる。」
(黒の軍が私を助けて、私が黒の軍を助けるってこと‥?)
レイの眼差しを見つめ返し、しばらくの間考え込みーやがて私は覚悟を決めた。
(元の世界に帰るまで無事に過ごすには、これ以上の方法はないよね。)
「分かりました、お世話になります‥!」
「よし。お前ら、この場で誓え!黒の軍の誇りにかけて、カナリアを守るぞ。」
レイが言い放った直後、黒の軍が一斉に敬礼をした。
「“自由は黒き翼のもとに”」
「“自由は黒き翼のもとに”」
「カナリア、これでお前も今日から黒の軍のメンバーだ。楽しくやろうぜ?」
(仲間として受け入れてくれるんだ‥‥。短い間だけど、この人達の役に立てるように頑張ろう。)
「皆さん、ありがとう。」
「これより、帰還する。」
黒の軍は、赤の軍が去ったのと反対の方角へ進路を転じた。
「カナリア、君は一晩で、グレイトルの戦いの中心人物になってしまったね。」
「ブラウンさん!隣の君は、馬車の業者台に乗ってた子だね。」
「僕も出来る限りサポートするよ。セントラル地区に住んでるから、いつでも訪ねておいで。」
「ったく、厄介な女に関わりやがって。ブラウン、同居人の俺に相談くらいしろ。」
「オリヴァー、レディに対しての失言はいただけないな。」
「ほっとけ。」
「初めまして、オリンヴァーくん。仲良くしてね。」
「ガキ扱いすんな、ぽんこつ。」
(っ、可愛いのに可愛くない‥。ぽんこつって、別の誰かにも言われた気がするな‥。)
妙に大人びた顔つきで肩をすくめると、オリンヴァーくんは馬車へと戻ってしまった。
「それにしても‥君の安全が確保されたのは良かったけど、さらに深刻な問題が出できたみたいだね。」
「えっ、この上さらに!?」
「黒の軍の面々はずいぶんと君を気に入ったみたいだ。それに‥‥赤の軍には、君を味方に取り込むため、勧誘しようと考えている者もいるみたいだし‥いつ誰と『不測の状態』が起こっても不思議はないな。もちろん僕らも例外じゃない。」
「不測の状態って、なんですか!?」
「良いかい、カナリア。帰りたいなら、絶対にかかってはいけない魔法が一つある。それは、この世で最強にして最古の魔法‥恋だよ。」
「恋‥?」
「実際にはそんな魔法は存在しない。ものの例えだよ。でも‥‥ただの比喩ってわけでもない。生きる世界の違う相手と恋に落ちれば、せつない結末が待っている。ともすると『元の世界へ帰りたい』という君の願い自体が打ち砕かれてしまうだろう。無事に元の世界に帰りたいならくれぐれも注意するんだよ。」
(この国で私が、恋をする‥?)
ブラウンの問いかけで、めまぐるしいこの一夜が脳裏によみがえった。
(素敵な人や怖い人、とんでもない人、たった一夜のうちに沢山の出逢いがあった。でも‥)
「私は恋なんてしません。平凡だけど幸福な普通な世界に、必ず帰ります。」
(大好きな仕事して、穏やかな暮らすこと。これが私の幸せだから。)
「その決意を忘れずに。ではー行っておいで、2人目のアリス。次の満月まで君の幸運を祈ってるよ。」
ブラウンさんに頷き、黒の軍のもとへ駆け出したこの時ー私はまだ知らなかった。
魔法に包まれた不思議な国、グレイトルで、
真っ逆さまに、運命の恋に落ちていく
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