煙草の味
 わたしが彼と出会ったのは友人の紹介。高校生時代からの友達、加奈子。悪い子ではないのだけれど、ちょっと押しの強い、そんな子だった。

「彼、麗香のこと気に入ったって。良かったじゃん、付きあっちゃいなよ。麗香、別に好きなひともいないでしょ」

「うん、そうね。考えとく」

 ちょっぴりだけ気になっているひとはいたけれど、その彼とわたしに接点はない。大学のとある講義で見かけた、憧れというくらいのひとだった。

「だめよー、せっかくチャンスが来たんだから。彼くらいの優良物件は、この先出会えないかもしれないわよ。チャンスの神さまには前髪がないって言うでしょ」

 それを言うなら後ろ髪だ。と指摘することもなく、わたしは曖昧な笑みを返す。

 これがわたしのチャンスかどうか、あなたの決めることじゃない。

 これからチャンスが来ないなんて、あなたに決められることじゃない。

 そうした言葉は、咽喉もとまで上がってくることもなく、胃の辺りでぐるぐるとわだかまるだけ。

「何か彼に不満なところとかあるの? あ、彼に求めることがあるなら、今のうちに言っといた方がいいわ。我慢すると、我慢のしっぱなしになっちゃうんだから」

 と、今の状況を的確に言い表していると言うのに、自分のことにはてんで気がつかない彼女。人間というものは不思議。わたしが付き合う前提で、もう彼女は話を進めていた。

 ――わたしが彼氏に求める条件。

 そんなことを言われても、すぐには思いつかない。

 わたしにとって彼氏というものは、それくらい現実感のない対象で、それなら彼女の言う優良物件に入居してもいいんじゃないか、とも思う。
 そうしてわたしはわたしを納得させる。

 わたしはいつも通り、我慢をするまでもなく、また流されることになる。
 このままあの人を彼氏にしても、こんな私だから、すぐに向こうからフってくれるに違いない。流されるままのわたしに、魅力なんてない。

 でも――、とわたしは思う。

 でも、もしも彼の方がわたしのことを気に入ってくれたら?

 そう思って馬鹿馬鹿しくなる。

 ありえない。

 でも、もしも本当に彼がわたしをフらなかったら、わたしは彼と別れることが出来るのだろうか。

 わたしはそれを不安に思う。でも、初めて彼氏が出来るという、軽くしびれる期待感で、わたしは彼女に頷いていた。

「うん、わかった。それじゃあ、付き合って、みようかな」

 ちょっと困った風で、それでもまんざらじゃない。どちらにも取れる顔をするのは、わたしの得意なことだった。

「おっけー、よく決めてくれた。わたしは嬉しいわ、麗香」

 自分のことのように喜ぶ彼女に、わたしはやはりその顔で微笑む。
< 2 / 10 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop