煙草の味
 しばらくして、
 わたしは彼の部屋にはじめて招かれた。

 そこで違和感に気がついた。
 だけど、その違和感がなんなのかは、分からなかった。

 彼の部屋で食事をして(料理は二人で作った)、シャワーを浴びて、今日は彼の家に泊まる予定。
 すると、当然肌を重ねることになるわけで、

 ベッドの上で、わたしたちは唇を重ねた。

 そこで、わたしはようやくその違和感の正体に気がついたのだ。

「今日は、煙草の味がしないのね」

 私の指摘に、彼はアッという顔をした。

「ごめん、忘れてた。今から吸ってきてもいいかな」
 と、彼は良く分からないことを言う。

 さあ今からするぞ、という時になって、煙草で席を立つなんて、この男は馬鹿なんじゃないのか、わたしは煙草が嫌いなんだから、むしろ吸わないでいてくれた方がいい。それでも彼の流れを止めたくなくて、わたしはどう答えようかと思案する。

 と、

「だって、麗香は煙草の味が好きなんだろ」

 彼はそう言った。

「え?」

 わたしはその衝撃に固まってしまう。きっと、目が点になるとはこういうことを言うのだ。
 そして、わたしはすぐに心当りを見つける。

 加奈子だ。

 彼女は高校時代、わたしが煙草を吸っていたことを知っている。今、わたしは煙草を吸ってはいない。でも、彼女の中のわたしはきっと、煙草が好きなイメージのままなのだ。

「……いいよ、吸ってきても。わたしは先に寝てるから」

「どうしたんだよ。煙草の味、好きじゃないの」

「わたしは煙草、嫌いなの」

 彼はまるでハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。

 普段はそんなことを言わないはずなのに、わたしはそれを口にしていた。

「そうだったんだ。ごめん、僕が勘違いしていた。じゃあ、これから吸わないようにする。僕も実は、煙草って苦手だったんだ」

 彼はバツが悪そうに頭を掻いていた。わたしの心はどんどんと冷え込んでいく。冷えていくと同時に、胃の辺りから、こみ上げてくるものがあった。

「麗香……?」

「ば、……かじゃないんですか。そんな、わたしに合わせることなんてないのに」
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