煙草の味
「ごめんなさい」

 と、泣き止んだわたしは彼に言う。

 こんなに泣いたことなんて、思い出せるかぎりにはない。

「驚かせてしまいましたよね」

「ううん、大丈夫」

 思う存分に泣いたら、今の彼の様子が可笑しかった。誤魔化してはいても、内心の動揺が隠せていなかった。わたしは、彼に言わなくてはいけないことがあった。

「ごめんなさい、酷いことを言ってしまって」

「ううん」

「でも、わたし、あなたと別れたくはありません。わたしはあなたのことが好きです」

 初めて“自分から”口にしたその言葉は、なかなか溶けてはくれず、思わず煙草の苦味が恋しくなるほどに、じんわりと甘かった。

 そこでようやく彼は自分を取り戻したみたいだった。

「僕も君が好きだ。別れなくないのは僕の方だ。気にする必要なんて何もない。酷いことを言われたとも思っていないよ」

 その生真面目すぎる返答に、わたしはやっぱり可笑しくなって、吹きだしそうになってしまう。可愛いなぁ、なんて。でも、ちゃんと言ってくれるんだなぁ、なんて。

 わたしは可笑しさと安心感で、どうにかなってしまいそうだった。

 わたしたちはどちらからともなく接吻(キス)をした。

 煙草の味のしないそれは、なんだか物足りない味だった。
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