初恋のカケラ【3/13おまけ更新】
女将のおかげで私たちは終電を逃さずに済んだ。
タクシーで帰る事にならなくて良かったと思う。
もしタクシーで帰っていたら、そのまま坂下くんを一人にしておく事が出来なくて「うちで飲み直す?」なんてこの口が言いそうだったから。

坂下くんとは昔も今もそれほど仲がいいわけじゃないから、長時間二人でいて会話がもつわけない。
それでも一人にしておけないなんて思うのは……

「今日はなんか付き合わせて悪かったね」

「そんなこと……」

付き合わされたなんて思ってない。
どっちかっていうと、一緒に居てあげたいと思ったのは私の方。

「それに情けないとこ見せたし……」

電車の中で並んで吊革につかまって話す内容としてはどうなのか。

「私、年末でもそんなに忙しくないし。良かったらまた飲もう?」

「クルミ……」

今日、途中から私の名前の呼び方が変わった。
中学の時、そう呼ばれたかった。
名字を呼ばれている事に距離感を感じてた。
だから今はそれが嬉しくもあり、何故今そう呼ばれているのか。

「いつでも連絡して?」

「……ありがとう」

「お礼言われるような事、してないから。それじゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ、クルミ」

今日、何度クルミと呼んだだろうか。
その響きが嬉しくて。頭の中でその声を反芻する。
坂下くんとやっと友達になれたのかな?
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